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What’s 『海猫亭』
心の裏側

オモテの自分が「どうもありがとー」なんてにこやかにしているときに、ウラの私は
「てやんでい、バカにすんない!!」とか
「じょーだんじゃねいや、バカヤロー!!」
とか言っている時がある。いつもじゃないけど。
まあ、誰にでもあるでしょ、すましてるアナタも。

でも、そういう自分を「またやってるねえ」なんて観察している自分がいて、それをさらに静かに見守っている自分もいる。
(この辺のことはまた後ほど)

そういう隠された自分をさらけ出すために、「海猫亭」を作った。
通常は隠されている部分だけれども、普段、ブレーキを掛けてしまう部分とか、内面にしまい込んでしまった部分の中に、本当の自分がいるような気がするので、あえて、日常の私と内面の私の両方をさらけ出して、バランスをとらせて見ようとする計画である。
理性というのが後天的な作られた個性であると仮定すれば、本性は先天的な本質的な個性なワケです。

実際、どちらが本当の私であるか、ということではなく、どちらも私なので、それがバランスよく働くのが理想といえば理想。
いすみは長いことイイコちゃんタイプを装っていたので、実はアンバランスな状態でありました。内面に押し込んだ部分が自己主張する場所を確保しないと、ある日突然爆発することもあるわけなんです。実際何度もあったし。

むかしむかし、大人達に
「Mちゃんは大人しくて良い子ね」
といわれることが良いことだと思い、それが私だと思い込んでいた。
学生時代も、OL時代も、「大人しく、長いものに巻かれて」生きていくのが妥当なのだと考えて、そうしようとしてきた。
けれども、いつも不具合が生じるのだ。自分の内面が自己主張してくるのだ。
「私は生きている!」と。
作られた個性だけで生きていくことはできない。そう感じながら、内面をさらけ出すことに罪悪感を持っていた。
あるきっかけを持つまでは、気づいていながらガマンして押し隠すことが正しい、善の道だと勘違いしていたのだ。

ある、スピリチュアル系の会に出会うことによって、そういった長い間の勘違いととまどいを解放させることができるようになった。
けれども、長い間にゆがんでしまった身体を治す様なもので、一朝一夕には改善しないものなのだ。それはタマネギの皮を1枚1枚はがすようなものでもある。だから涙だって鼻水だって出るし、どうしようもない怒りさえわき起こってくるのだ。

そういうリハビリ的な方法のひとつが日記や手紙を書くことなわけで、ちょうど良いタイミングでBLOGの存在を知ったので、これに飛びつくことにしたワケです。
別にノートを1冊用意して、コツコツ書きためれば良いわけなんだけれど、一人で続けるというのは結構根気がいる。通信教育もままならなかったイスミさんですから、何度やっても挫折します。
その点、BLOGならば、少数人数でも閲覧者がいるわけで、見る人がいるならば書いてみようと思えるのです。初めは隠居部屋のごとくコソコソと書き連ねようかと思ったけれど、私の内面では、「誰かに見てもらいたい。認めてもらいたい。」という意識があるようで、アクセス解析で閲覧人数を確認しては安心する私がいるわけです。

現在のところ、投稿内容にも左右されるけれど、投稿した日などは平均で(学校で言えば)1クラス分の人数くらいの閲覧者様がいて下さって、感謝、感謝なわけですが、自分が教壇に立って先生をしているイメージが湧いてくるのでなんだかおかしくなってしまう。よくわからん事をしゃべるへんな先生を静かに見守ってくれる心の広い生徒。というイメージ。生徒、と言っても年齢は様々でしょうけれど。
(PINGの送信は限定しているので、たぶんこれ以上は増えない。・・・試しに送信を増やして見ようか。しかし投稿時間にもよるよね。←冒険好きの自分^^;)

現在の『海猫亭』のテーマは取りあえず、長年しまい込んでいた自分の「好きなこと」を思い出して表現することです。
はっきり言って、忘れてしまっていたことが多いし、思い出しても資料が既になかったりして、発表できることも限定されて来ますが、取りあえずは現在進行形の雑誌とかTVの感想、及びイラストなどを載せて行こうかと考えています(まあフツウのことですが)。

問題は、長いこと自分の中心にあったにも関わらず描かなくなってしまったイラストす。今は、相当テンション高くならないと描けない。理由がないと描かない。例えば好きな人を喜ばせるため、とか。
エネルギーがたりないのかなあ。それともブレーキが強すぎるのか。自然に何となく描ける様になりたい(むかしは毎日描いていたのだから)。
しかし、ここで描きたい理由はなんだろう。何となく覗いてくれる人たちのため、かあ。自分のため、と思いたいけど、自分的には他の上手い人の絵を見れば満足しちゃうので、まあ、困ったもんです。
「描きたい、描きたい」と言ってる部分もあるのにそれをストレートに表面上にまで持ってくるのが今後の課題だなあ。

posted by: いすみつかさ | スピリチュアルライフ | 10:30 | comments(4) | trackbacks(0) |
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やっと、こっち方面のコメントが掛けるようになった裏うめさんです。もう一度こんばんは。

裏でも表でも、きっぱりと「適応障害」と言う精神の病気を持っているとカミングアウトしてしまった裏うめさんですが、実はカミングアウトしたと言う気すらないのが事実です。
だって、これがうめさんですモノ。元より、裏も表もなく、言いたい事、書きたい事をblogに迸らせてきたのですが、これもいすみさんの言うように「自己治癒」の一種なのではなかったのかと、ここに来て気付きました。(何せ、うちのblogの前身は、亡くなってしまった甥っ子の存在と共にありたいと願ったうめさんの日記だったのです。甥っ子に見せたかった風景、モノ、コトの視覚的部分を写真に撮って日記にしたモノ、これが元々の「徒然なるうめさん」でした)
いすみさんにとっての、心底書きたくなったら描きたいモノ、それこそ今のうめさんのblogそのもののように、心の迸りではないでしょうか。

ちなみに、今のうめさんのblog以外の迸りは、アクセサリー作りです(笑)
| 裏うめさん | 2004/08/05 10:24 PM |
で、続きなのですが、裏うめさんは「ペイガニズム」と言う、一種の自然信仰を自分なりに実践しています。(もちろん、参考にした書籍はたくさんあるのですが)
ぶっちゃけ、日本風に言えば「八百柱の神々」を信仰する、と言うのに近いですか。

このうめさん達を囲んでいる世の中、何処の誰、でもなく、そこかしこに神様や守護するモノがいると思うんですね。残念ながら、今のうめさんでは感じる事が出来ないので、信じる事で実践するしかないのですが。
「ペイガニズム」と言うのは、ソレに呪術的要素を加えた自然信仰の事なんですね。何か強い願いがあれば、その神様と自然とを信じつつ、儀式を執り行う、昔の西洋なら完璧魔女狩りに遭いますが(苦笑)

で、それだけだと脳味噌がオーバーフローしてしまうので「禅」とは何であるか、とかもまぁぼんやりと考えています。(がっちり考えちゃダメなのが禅の基本、と言うのが難しいのです(汗))

だから、キチンとした系統立てた精神世界というのは持ち合わせていないのですが、この自然の中には神様がいて、人間はその流れに乗っていけば何とかなる…と言うところが、今の裏うめさんの精神世界です(笑)(都合いいとこ取り…)
| 裏うめさん | 2004/08/05 10:37 PM |
「ベイガニズム」については密かに検索して、だいたいのイメージはわかりました。
日本でも実践している団体があるのですね。

わたしの支持している教義での願いのかなえかたは、何かに「お願いする」という方法はとりま
せん。
「自分に宣言する」ことと、必要ならば「光の存在にサポートを依頼する」ことです。
宗教を信じることはあっても、「依存」であってはなりません。常に自分の意志で行ってください。「依存」では責任が自分の外に存在してしまうからです。それから執着してしまうことも危険です。常に冷静な目を持って観察して下さい(自分自身のことも観察するんですよ)。
「神様、こんなにお願いしているのになんで○○してくれないの」なんていうヒトたまにいますけど、アレは願いかたが悪いんです。

願いは「こんな風になったらいいな」ではなく、「すでに願いは成就している」とイメージすることで叶うのだそうです。やってみてください。

一番いけないのは「なんでいつも○○なの」なんて思っちゃうことなんだそうです。そういう状態が繰り返しちゃうんだそうです。イスミなんかもついやりがちなんですが(^^ゞ。

とにかく前向きが一番!
| イスミ | 2004/08/08 11:16 PM |
追記 :
「願いはすでに成就している」というのは、それぞれの(本質的な)願いは常に叶えられているということに気づくことなんですよ。
「貴女はこの環境に身を置くことで、(自身に)必要な体験をしようとしている」
そういうことに気づいていくのです。
それから、「貴女に必要なものはちゃんとやってきます」
| イスミ | 2004/08/08 11:28 PM |









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